2.23.2008

思い出


 ichicoはかって邱永漢氏のハイQサイトが、糸井氏のほぼ日サイトから分家する時に、サイトの立上げ、デザインをしましたので、両氏のサイトは今も良く見ています。そうそう、トップデザインのQボタンは私の提案です。実は、私はもともとほぼ日のQさんの記事を気に入っていましたので、ハイQの立上げの協力者募集の時にichicoに応募したらと勧めたのです。今でも、どちらかと言えば、ハイQサイトを良く見ています。分りやすい達観をサラッと書くのは、歳の功もあるのかも知れません。たとえば、サブプライムローン問題について、「金融機関が貸したお金が返ってこないというだけのことですから、またお札の印刷をすれば片はつきます。」 アチャーですね。もっとも軍事力で国債をさばいているアメリカならでのことで、他のほとんどの国は、ガタガタですね。あ、プーチンのロシアと、現在の中国なら、何とかしてしまうかも知れませんが。

 さて、糸井氏の記事で、ときどきふと気になる言葉がありましたが、コメントの投稿口もありませんし、アンケートでは読者参加できますが、インタラクティブ性は、(さすが名コピーライターですね)巧妙にカットされているようで素通りしていました。しかし、今回、「思い出したら、思い出になった。」には、ケベックでのフランス語の引用もあり、重~い腰を上げて書くことにしました。思い出したら書いておこう、批評は自由ですからね。

 「思い出したら、思い出になった」という糸井氏の本が出版されます。このタイトルと本の動機について、「せいくらべ」の歌詞を引用しています。この有名な歌詞は、今年の春にも、多くのお店などでも聴かされると思います。私も、この歌詞はほんのこどもの頃から疑問に思っていました。なんで、一昨年なのだろう。去年ではないのかなと。でも、小学校も高学年になってしまうと、もう自意識では子供を卒業していますから、語呂がいいんからだろうと思って疑問を忘れてしまいました。少し前にNHKでも、このいきさつを放映していました。NHKにも出演されていてた糸井氏のことですから、見られたと思うのですが…。詳しくはこちらをご覧ください。
 5月の節句に、昨年は田舎に帰れなかった兄の、弟への気持ちを書いたものですね。だから一昨年であり、その切なさが、この詞を今でも生かし続けていると思うのです。「思い出したら、思い出になった」のであれば、ジャン・ポール・サルトルの I am a King ではありませんが、マイダス王になられたのでしょうか、糸井氏に聞きたくなってしまいます。さすがコピーライターのマジックですね。ところで、「ほぼ日刊イトイ新聞の謎」という本が、なぜか私のところにあります。謎というのであれば、こちらも、マジックなのでしょうか、時に出現する小林秀雄さんの方が、私には謎ですね。

 この「思い出」の説明に、Je me souviens. というフランス語が引用されていました。これは、代名動詞で、無理やりの直訳だと「私は私を思い出す」ですね。ここでの訳は、糸井氏も訳の候補として挙げている「忘れない」か、あるいは、「覚えている」という言葉の方が妥当でしょう。
 たとえば、ランボーの「地獄での一季節」(地獄の季節)の序文は、Jadis, si je me sopuviens bien, ... 、「昔、覚えているとおりなら、おれの生活は、あらゆる酒が流れ、あらゆる心の開く饗宴であった。」と始まります。ケベックはフランス語圏であり、人々が昔を忘れない、今でも覚えているんだよ という意味で書かれた言葉でしょう。糸井氏の引用には、ニュアンス的に微妙なズレがあると思うのですが…。

 ところで、「思い出す」には別のフランス語があります。代名動詞 se rappeler です。Je me rappelle となります。私は私を呼び出す、つまり、思い出す、覚えているです。糸井氏の書いている思い出すという言葉の意味はこちらに近いと思います。思い出になったの思い出の方が、souvenir の意味だと思いますが… 私は言葉のニュアンスについて語りたいので、糸井氏の話は、ここで終わりにします。

 さて、代名動詞 se rappeler で思い出す詩があります。いや、詞かな、Palores ですから。あ、私のハンドルネームは、ランボーの Parmerde (糞パリ)のもじりで、Parole + merde (糞語り)です。その詩は、ジャック・プレヴェールの詩集、パロール Paroles に載ってる「バルバラ BARBARA 」です。プレヴェールは、同音異義語で Pres vers にしてしまえば、詩以前、つまり、本のタイトルパロールは、詞(歌詞)であり、話し言葉であり、言葉遊びという意味ですね。英語では歌詞のことを words あるいは lyrics といいますが、フランス語では paroles となります。19世紀の口語的な韻文詩にはよくシャンソン chanson というタイトルが付けられました。そんな背景もあるのかも知れません。さて、この詩は、私が大学1年の時に、朝吹三吉氏の授業で習った思い出の詩です。Rappelle-toi Barbara というフレーズが効果音として繰り返して使われています。私は、「覚えているかい」と翻訳しました。
 なぜって… この詩集パロールは、アニメ好きの方ならご存知の高畑勲氏の翻訳で ことばたちのタイトルで出版されています。私の赤茶色になったフランス語の詩集には何の注もありませんが、「ことばたち」には詳しい注が付いています。私は授業で第二次世界大戦後に書かれた詩と聞きました。ブレストはフランスの軍港です。ドイツ軍に占領され、連合軍の爆撃により解放されました。戒厳下の町を歩くバルバラは、あるいはドイツ軍兵士の恋人かも知れません。彼は、あるいはバルバラも、爆撃によって、ボロ屑になってしまったかも知れない。思い出せという呼びかけは、実は生き残った人々へのプレヴェールの呼びかけだと思いました。それで、「思い出せ」でもなく「思い起こせ」でもなく、「覚えているかい」と訳してみました。もし、詩人自身の朗読を聴ければ、この詩に託された情景が少しは見えるかも知れませんが、残念ながら、他の方の朗読しか聴いたことがありません。なお、この詩には、放送拒否というにエピソードがありますが、それは「ことばたち」をご覧ください。

              バルバラ
                   ジャック・プレヴェール

       覚えているかい、バルバラ
       あの日、ブレストは雨だった
       そう、君は雨の中を
       はなやかに、嬉しそうに、輝いて
       微笑みながら歩いていた
       覚えているかい、バルバラ
       あの日、ブレストは雨だった
       そう、ぼくは君とシアム通りですれ違った
       君が微笑んで
       ぼくも微笑んだ
       覚えているかい、バルバラ
       ぼくは君を知らないし
       君もぼくを知らない
       覚えているかい
       あの日のように
       忘れないで
       雨宿りしている男が
       君の名を呼んだ
       バルバラ
       そう、君は雨の中を走って
       濡れながら、嬉しそうに、はなやかに
       彼の腕の中へ
       覚えているかい、あのことを、バルバラ
       君って呼んでもいいよね
       たとえ、一度しか会っていなくても
       ぼくの愛するものすべてを
       たとえ、知らなくても
       愛し合うものすべてを
       覚えているかい、バルバラ
       忘れないで
       君のしあわせな顔の上に降る
       あのしあわせな町に降る
       あのやさしい雨を
       あの海に降る
       兵器工場に降る
       ウェサン島の船に降る雨を
       おお、バルバラ
       戦争なんて、ばかげたことさ
       今、君はどうしているんだ
       この、鉄と炎と鋼と血の
       雨の中で
       やさしく
       君を抱いていた彼は
       死んだのか、行方不明か、生きているのか
       おお、バルバラ
       昔と同じように
       今もブレストには雨が降っている
       変わり果てて
       おそろしく悲しい喪の雨
       もう、鉄と鋼と血の
       嵐ではない
       犬のように死んでいく
       雲にすぎない
       ブレストの雨の流れに
       消えていく犬たち
       ブレストを遠く離れて
       腐ってゆき
       何も残っていない。

               翻訳:2002, Parolemerde2001

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 写真は、雪晴れの小金井公園、江戸東京たてもの園の都電に乗る Fleurette です。ブライスはクレセントムーンのベルさんによりカスタム・メイクされています。

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