2.23.2008

思い出 追記(下の記事よりお読みください)


 さて、もう一度、確認のために、ほぼ日の記事を読み直してみました。柱のきずの説明に、ナイフの跡とありました。この歌の時代に、柱にナイフ、むしろ小刀で、肥後の守とか、傷または跡を付けることが子供に許されたでしょうか。そういう場面の想定で、この歌詞が書かれたのでしょうか。私は、糸井氏とほぼ同じ年齢なのですが、私の子供の頃には、柱にナイフで跡を付けることは許されませんでした。

 歌詞には説明は全くありません。ですから、ナイフ説も間違っているとは言えません。しかし、私の記憶では、小学生の時に家に下宿していた大学生のお兄さんが、子供の日に定規と鉛筆で印を付けてくれました。おやつは粽(ちまき)はなくて、柏餅でした。もちろん、床の間の横の柱ではなく、縁側の方の柱でした。鉛筆の跡は色がうまく付かず、少し凹んだ傷になっていました。それが、私のこの歌詞から連想する思い出です。

 もうひとつ、「日本人の思い」という本のタイトルも気になりますね。ほぼ日読者の思いなら、ここに書かれたデータの集積方法から妥当だと思うのですが。ほぼ日の読者の多数の思いが、日本人の思いであれば、自民党の党員、支持者の思いも日本人の思いになってしまうし、民主党の党員、支持者の思いも日本人の思いになるでしょう。あるいは、…枚挙に暇がありますまい。
 せっかくの貴重なデータの意味のすり替えを感じてしまうのは、私だけでしょうか。もちろん、全て、本を詳しく検討しないといけないのかも知れませんが、現在、サイトに出ている範囲からは、以上のように推測できるのではないかと思います。そうですね、今の日本は詭弁が政治とメディアにあふれていますから、大きくみれば、これ全体が日本人の心なのでしょうね。

 さて、この中に英文翻訳があります。翻訳者は誰なのでしょうか。参考記事には見当たりません。日本人全てが寒がりのような記述は、ちょっと偏見ではないかと思います。それを外国の方々に垂れ流すのも疑問ですし、あるいは、表参道を歩くカッコいい人のようになりたいので、英語も書いたのでしょうか。フランス語は国際語ではないから駄目ですかね。という訳で、ichicoにも言いたいことがあるようですから、そちらにバトンを渡します。

 写真は、雪だるまで遊ぶ母子、2月10日撮影
 最近は、だるまさんがあまり身近でなくなったためか、スノーマン風もありますが、犬風、兎風、熊、アンパンマンなど、様々な雪だるまたちが作られています。

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