11.06.2008

次期米大統領オバマの変革と詩人ランボーの変革

 昨夜、バタバタと「オバマ次期大統領とCHANGE」を書いたため、間違いが幾つかあり、今日、急いで直しました。
 france2を見る限り、オバマの大統領選勝利はパリでも(つまりはフランスでも)好意的に受け取られているようです。オバマは YouTube でも人気があり、勝利に貢献したといえるでしょう。おもしろい分析をブログで見つけたので、ご紹介しておきます。
http://www.edita.jp/taizo/one/taizo9286847.html
 さて、オバマの勝利演説では、Change has come to America. という言葉になりました。「アメリカに変革来たる!」ですね。感覚的には(ichico談)、待っていたものがやっと来たといった感じだそうです。卑近な例では、春が来た Spring has come! ですね。すでに次期内閣に向けて動き始めたと報道されています。どの位、CHANGE するのでしょう。今日の日経NBオンラインの「オバマ 勝利の真実」は、「(2)シカゴ オバマを鍛えた貧民街」で、オバマの CHANGE の出発点が書かれています。

 私自身での生の情報の収集は不可能なので、興味を引いた記事の紹介ばかりになってしまいました。それでも、なぜ、私のブログに書き込んでいるのかというと、やはり、変革を望んだ詩人ランボーを考える手掛かりにしたいためです。ランボーは、言葉による変革、社会変革を目指しますが、挫折します。そのことは、むしろ文学放棄のドラマとして広く知られ、映画にもなったことは、みなさんもよくご存知だと思います。詩による社会変革の方法論は「見者の手紙」に書かれた、いわゆる「見者の詩法」です。少年らしい誇大妄想と捉えることもできます。しかし、フランス革命の演説やユゴーの詩などを見ると、ランボーが当時のフランスで、詩に変革を求めたこと自体は、それほど不思議ではないと思います。1868年には、新聞の検閲制度が廃止されました。ランボーは新聞記者を目指して、地方紙「アルデンヌの進歩」に、匿名で詩を投稿します。今年の5月には、今まで未発見だった「ビスマルクの夢」という詩があらたに見つかりまた。しかし、「見者の手紙」を書いたすぐ後に、パリ・コミューンは敗北、ランボーは、現実を失った言葉の世界に生きるしか無くなります。「おれは架空のオペラになった。」(「錯乱 Ⅱ」)と書いたランボーは、詩人の地獄からの脱出と自己救済を試みます。やがて、詩を捨てて、アフリカで商人になりますが、変革への希望は、少なくともアフリカに定着し始めた頃は、まだ持っていたと思われます。フランスのママンに頼んで、様々な科学書・技術書を取り寄せたり、未踏地の探索をしたりしています。探索以外は、夢で終わってしまったようですが。
 オバマのシカゴでの体験を読むと、これからの国政でどの位実現できるかは別としても、変革の具体性が試されてきたことが分ります。さらに、現実の変革に必要なものは、やはり希望でしょう。時には、神でもあります。ランボーの変革の挫折の原因は、それが言葉による性急な変革を求め過ぎただけでなく、希望の無さにもあったと考えます。神に反抗したランボーは、希望も否定します。「おれは、心の中から人としての希望をことごとく抹殺した。」(「地獄での一季節」の「序文」)と。ランボーは、詩人としても、詩の変革者としても、挫折はしなかったと私は思っていますし、ランボー自身も思っていないでしょう。しかし、現実の変革者としては、やはり挫折したのだと思います。「地獄での一季節」には、「おれは政治事件に巻き込まれるだろう。救われる。」(「悪い血筋」)とも、「世の中! 商人どもだ、お人好しだ! ― おれたちが恥をかかされることもないのだ。 ―」(「不可能」)とも書かれています。アフリカで馬鹿にしていた商人になるとは、まさか考えてもいなかった。「さあ!進め、荷物だ、砂漠だ、倦怠と怒りだ。」(「悪い血筋」)とは、アフリカに遠征した軍人の父からの影響の元にランボーが怖れ描いた兵役でしょう。詩人ランボーは、「おれはいつか、とても遠いところに行ってしまわなくてはならないんだ。そして、他の人を助けなくてはならないんだ。これがおれの務めなのさ。」(「錯乱 Ⅰ」)と、希望の無い自己救済の夢を描いてみたのでしょうか。
 135年も隔てたヨーロッパとアメリカ、詩人と政治家、無謀な比較かも知れませんが、興味が尽きません。しかし、ランボーが「地獄での一季節」を書き始めたときの仮タイトルが「黒人の書」あるいは「異教徒の書」というのは、皮肉ですね。