5.26.2011

津波…… 『マルドロールの歌』の大海原





















window 三浦悦子 撮影:Kunio
邪神宮 ~深~ The Deep Exibition of Cthulhu
於 スパンアートギャラリー
2011年5月24日(火)~6月4日(土)


 老いたる大海原よ、君があまりにも強いから、人間は自ら犠牲を払ってそれを学んだ。奴らの能力の全ての手段を使っても駄目だ…… 君を支配することはできない。奴らは主人を見つけた。奴らより強い何物かを見つけたという訳だ。その名前は、大海原! 君が奴らに吹き込む恐怖があまりに強いので、奴らは君を畏敬する。だが、君は奴らの最も重たい機械に、巧みに優雅に易々とワルツを躍らせる。君はそれを空まで高跳びさせ、そして君の領土の底までみごとに潜水させる。軽業師も羨むことだろう。幸いなるかな人類は、君が奴らを泡立つ襞の中に決定的に包み込まないので、鉄道もなしに、君の水の臓物の中に、魚は元気か、ことさら奴ら自身も元気か、見に行けるとは。人は言う:「私は大海原より賢い。」 そうかも知れない。かなり真実ですらある。しかし、大海原にとって人が恐ろしいより、人にとって大海原は恐ろしい。これは証明する必要もないことだ。宙に浮いている我らが地球の創生期の同時代人である、この長老の観察者は、諸国の海戦を目撃すると憐れみの笑みを浮かべる。ほーら見ろ、人類の手から100頭のリヴァイアサン(注1)が出てきた。上官の仰々しい命令、負傷者の叫び、大砲の轟音、それは数秒を抹殺するのにふさわしい騒音だ。ドラマは終わったようだ、大海原は全てを腹に飲み込んだらしい。その口は巨大だ。下に、未知の方向に向けて、大きくなっているに違いない! 面白くもないこの愚かな喜劇の最後を飾るために、空の中央に、疲れて遅れた、とあるコウノトリが見えるが、翼を広げたまま叫び出す。「あれまあ!…… つまらない!(注2) 下に黒い点々があったのに、目を閉じたら、無くなっちゃった。」 君を讃えよう、老いたる大海原よ!

 ……答えておくれ、大海原よ、ぼくの兄弟にならないか? 激しく動け…… もっと、もっと激しく、ぼくが君を神の復讐と較べることを、君が望むのなら、鉛色の鉤爪を伸ばせ、君自身の胸の上に道を切り開きながら……それでいいのだ。恐ろしい波を繰り広げろ、ぼくだけが理解し、その前にひざまづき、ひれ伏す、忌まわしい大海原よ。人の威厳は借り物だ。ぼくは、人にはどんな畏れも感じない。だが、君には感じる。おお、君が前進するとき、高く恐ろしい鶏冠を立て、廷臣に囲まれるようによじれたうねりに囲まれ、獰猛な、動物磁気の催眠術師(注3)のように、波を次々に転がしながら、君自身が何者かを意識して、君の胸の奥深くから、ぼくには分かり得ない強い悔恨に打ちひしがれているように、人間が震えながら岸辺で、安全に君を熟視しているときでさえ、あれ程恐れている果てしない鈍いうなり声を君が押し出すとき、その時、ぼくには分かる、君と対等であると言う特別の権利は、ぼくには相応しくないと。それゆえ、君の優越性を目の当たりにして、ぼくは君に全ての愛を与えよう(だが、ぼくの美への熱望がどれ程たくさんのの愛を含んでいるか誰も知らない)、もし君が痛ましくもぼくに、被造物の中で誰も見たことが無いほど、君と最も皮肉なコントラスト、最も滑稽なアンチテーゼとなる同類のことを考えさせないのならば、ぼくは君を愛せない、ぼくは君が嫌いだ。どうしてぼくは君に戻って来てしまうのだ、1000回も、燃える額を愛撫しようと、少し広げた君の友好的な腕に、その腕に触れれば熱は冷めてしまうのだ! ぼくは君の隠された運命は知らないが、君に関する全てのことに関心がある。だから答えてくれ、君は暗闇の帝王(注4)の館なのか、答えてくれ……、大海原よ、ぼくに答えてくれ(ぼくにだけだ、まだ幻影しか知らない奴らを悲しませないために)、そして魔王の息吹が、君の塩辛い水を雲に届くまで持ち上げる嵐を作るかを。地獄が人間にそんなに近いことを知れば、ぼくは嬉しくなれるのだから、君はぼくにそれを言わなければならない。これをぼくの祈願の最終節としたい。だから、もう一回だけ、君を讃えて、別れよう! 水晶の波を持つ、老いたる大海原よ…… ぼくの目には涙があふれ、ぼくにはもう続ける力がない。獣のまなざしをした人間どもの中に戻る時が来たのを感じるからだ。だが…… 勇気を出そう! 大いに頑張るのだ、そして義務の心を持って、この地上でのぼくたちの運命を全うするのだ。君を讃えよう、老いたる大海原よ!

注1)le´viathan
旧約聖書ヨブ記に出てくる巨大な海の怪獣。巨大なワニ、龍、蛇、鯨などの意味にも使われます。ここのように巨大な船を指すこともあります。
注2)je la trouve mauvaise !
目的語となっている女性名詞を受ける la (彼女、それ)の対象がどの言葉か。近い女性名詞は la stupide come´die なのだが、不自然な印象もある。
注3)magne´tiseur
動物磁気を伝えて治療する催眠術師(ロワイヤル)
動物磁気説:人体は宇宙に充満しているガスの一種である動物磁気の支配下にあり、病気は体内における磁気の不均衡から生ずるとする説(三省堂 大辞林)
ドイツのフランツ・アントン・メスメル(1734-1815)は動物磁気による治療を提唱した。
注4)le prince des te´ne`bres
闇の帝王(君主)とは、魔王(サタン)のこと。

イジドール・デュカス著『マルドロールの歌』「第1の歌」より、翻訳:2011, Parolemerde2001

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 3月11日の東日本大震災の津波の映像を見てぼくが直ぐに思い浮かべたのは、デュカス(ロートレアモン伯爵 1846-1870 )の「マルドロールの歌 第1の歌」だった。
 東日本大震災の黒い津波と翻弄される船に、これほど近い詩をぼくは知らない。直ぐにも訳そうと思ったのだが、後に後に繋がっていく文体を、構造の違う日本語に置替える事が難しく、時間が経ってしまった。
 南米ウルグアイの首都であるモンテビデオ出身の詩人は、海を臨む都市で育ち、大西洋を渡りフランスに留学する。その後、いったんモンテヴィデオに戻るが、詩人になることを目指し、ふたたびパリに出るが、「マルドロールの歌」と「ポエジー」を残し、普仏戦争下のパリで24歳で死去する。
 同時代の詩人ランボーと異なり、海に臨む都市で育ち、大西洋を船で渡ったデュカスの「海」には、実体験と読書体験と彼の想念が入り混じっている独特の世界である。
 原詩のテキストは、以下のサイトを参照されたい。翻訳部分は strophe 9 の最後の部分である。

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