france2 の culture で、
ランボー、ヴェルレーヌ、プレヴェールのビデオを見ることができます。
ミュゼ・ランボーとミュゼ・ヴェルレーヌの特集
VOIR LA VIDEOをクリックしてください。
ビデオでは、ミュゼ、写真、原稿、遺品などと、部分的ですが朗読も聴くことができます。
http://cestauprogramme.france2.fr/index-fr.php?id_article=2856&page=article
プレヴェールの特集 5作品の朗読ビデオが視聴できます。
Le cancer, Dejuner du matin, Le temps perdu,
Pour faire le portrait d'un oiseau, Etranges etrangers
Les poems または Videos をクリックします。右側に詩のメニューがでます。
http://programmes.france2.fr/hommage-a-prevert/accueil.php?numsite=304
(以上、アクサン省略)
4.15.2009
4.11.2009
YouTube に、川越まつりをUP
この英語版ビデオ「川越まつり Kawagoe Festival 」は、川越市の姉妹都市であるアメリカ合衆国セーラム市に、川越市在住の民俗写真家、宗形慧さんの写真が贈られることになり、それを契機に編集したものです。写真だけでは語れない川越まつりとその背景がアメリカの人たちにも分るように、それまでにマイクロメディアで撮影していた川越まつりのビデオを英語版に編集しました。そのため冒頭部分には川越市と伝統文化の説明が入っています。
最近(2009年春)ではNHKの連続ドラマ「つばさ」で、さらに賑わっている川越市ですが、このビデオの撮影された1990年代前半は、いわば「失われた10年」の時代であり、一番街の人手でもさほど多くはありませんでした。経済的理由で、祭りに参加しない山車が幾台もありました。しかし、不況の時にこそ、お祭りは地元の人々で盛り上がるものです。まだ、暦どおりの日時で祭りが行なわれた時代であり、それだけに、観光客も今ほど多くはありませんでした。祭りの終わりに、「老人ばかりなってしまったと思っていたけれど、今日はたくさんの若い人たちが祭りに参加してくれ、まだまだここも捨てたもんじゃないと安心しました。」という内容の挨拶で締めくくられたことを覚えています。…そして、しばらく後には、祭りは土・日に変更され、安全のための警備も増え、…市庁舎に近い広場には、山車が揃うようになりました。
今年の3月にJCIIフォトサロンで宗形さんの川越の写真展「川越 1979-2008」(モノクロ)がありました。そこに展示された写真の多くには、私が宗形さんとともに(撮影の補助としても)見て回った、かっての川越がありました。一番街の電線を地中化し、まつり会館を開設した市の力もありますが、菓子屋横丁に人力車を置き撮影スポットとし、広い店内には昭和初期の室内の再現など、ここを観光名所にしたてあげた田中屋さんの力、そして伝統の店を守った商人・職人の創意工夫、近郊の方々の伝統芸能、さらに東京に近いという江戸時代よりの地の利、これらがあってこそ、今の川越まつりのにぎわいがあるのだと思います。
1990年代の古き川越まつりを、アナログの映像でお楽しみください。
宗形さん撮影の川越まつりの豪華な写真もお楽しみください。
今年の8月には、川越ゆかりの絵師、舩津蘭山の画稿を展示している蘭山記念美術館にて個展を開催いたします。展示内容が決まり次第、お知らせいたします。
川越まつり 曳きまわし

川越まつり 曳っかわせ

南田島の足踊り(川越まつりの山車にも出ます)
YouTube に eyediamedia チャンネルオープン!
久し振りの書込みになってしまいました。このところ、ランボーを一休みして、ボードレールとマラルメを読んでいます。ランボーを時代の中で位置づけるには、ボードレールは重要な詩人ですね。
目下、『ほつれゆく文化』(マイク・フェザーストン著 西山哲郎・時安邦治訳 法政大学出版会)を読んでいますが、なかなか読み終わりません。欧米(イギリス)からのポスト・モダニィズム(ポスト・モダン)についての本です。邦訳の出版はごく最近ですが、原書は1995年です。ですから、残念なことに911とイラク戦争以降についいての記述はないです。この本では、近代の代表者としてボードレールが取り上げられています。ロマン主義の破壊者としての近代性でしょうか。以下、有名な「旅」の第2段です。
Ⅱ
恐ろしい! 私たちは回るコマと
跳ねるボールの真似をしている。眠っていても、
太陽を鞭打つ残酷な「天使」のように、
「好奇心」は私たちを悩ませ転がす。
奇妙な運命だ、目的地は移り行き、
おまけに、どこでもないから、どこでもよい!
希望に見捨てられることのない人間の運命は、
休息を求めて気狂いのように走り続けることだ!
私たちの魂はイカリア島を捜している三本マストの帆船。
甲板に声が響く:「目を開けろ!」
帆柱の見張り台が、熱く狂おしく、叫ぶ。
「愛だ… 栄光だ… 幸福だ!」 地獄だ! そいつは暗礁だぞ!
見張り番の男が知らせるどの小島も
「運命」により約束されたエルドラド。
大饗宴をひき起こす「想像力」も
朝の光には、暗礁しか見出せない。
おお、妄想の国々を愛する「哀れな人」よ!
蜃気楼が渦潮をさらに苦くするアメリカを
見つけたと夢想するこの酔いどれ水夫に、
鉄の枷をつけて、海に投げ込むべきか?
泥の中でもたついている年老いた放浪者のように、
上の空で輝く楽園を夢見ている。魔法にかけられた目は、
ロウソクがあばら家を照らしているところ
どこにでもカプアの町を見いだす。
マラルメ、デュカス、ランボーは、これに続いたのですね。
さて、私が参加しているアートサイト eyedia.com ではBBBというページで、私が撮影・編集したビデオなどを掲載してきました。ストリーミングビデオが普及し始める頃からで、分らないことも多く、多くの方に助けていただきました。でも、今では YouTube など、フリーの投稿スペースが充実し、画質も良い状態で見ていただくことができます。かっての flickr と同様、新しい世界的コミュニケーションツールとなりました。
振り返って、1993年原宿ホコ天に、第1次湾岸戦争の空爆スクープで当時急速にメジャー化したアメリカのCNNテレビ局が発信アンテナも携えて取材に来ていました。世界のどこからでも自由に取材電波を送り出せることを、目の当たりに見て新しいメディアの時代を実感しました。「岬から岬へ、吹き荒れる極地から城へ、群衆から浜辺へ、眼差しから眼差しへ、…… 彼を呼び、彼に会い、彼を送り返そう。」と彼、詩人ランボーが夢見た新しい神=新しいメディアが実現し始めていました。個がメディアを持てる時代、個とマスが直接向き合えるメディアとして「マイクロメディア」を作りました。当時パソコンソフトで世界を席巻し始めていたマイクロソフトに名前を真似ました。正式名称は、Virtual Creates MICROMEDIA です。1997年、インターネットの普及とともにアート系マイクロポータルサイト eyedia.com を作りました。ここから分岐したのが、現在の私のサイト KunioMonji.com です。しかし、マイクロサイトからの発信は、画質的にもアクセス的にも限られてしまいます。質の高い画像・映像を、より多くの人に見てもらうために flickr につづいて、YouTube に eyediamedia チャンネルをオープンいたしました。
皆様のアクセスをお待ちしております。
最初に投稿したビデオは、最初に撮影・編集したスキービデオです。やや長いので、内容通り3部に分けてあります。詳しい説明は、各ビデオをご覧下さい。
■Poppy Snow by Snow Pop
●第1部 モノスキー・フリークス! Part 1- Poppy Hoppy Monoskiers!
さまざまなスタイルで滑るモノスキー・フリークスたち。

●第2部 スノボード池越え大会! Part 2 - Pond Jumping Snowboarding!。
日本初のスノーボード池越え大会です

●第3部 フリースタイル&モノスキー! Part 3 - Freestyle & Mono Skiing!
フリースタイラーの強風下の練習とスノーポップのモノスキーテストです。

目下、『ほつれゆく文化』(マイク・フェザーストン著 西山哲郎・時安邦治訳 法政大学出版会)を読んでいますが、なかなか読み終わりません。欧米(イギリス)からのポスト・モダニィズム(ポスト・モダン)についての本です。邦訳の出版はごく最近ですが、原書は1995年です。ですから、残念なことに911とイラク戦争以降についいての記述はないです。この本では、近代の代表者としてボードレールが取り上げられています。ロマン主義の破壊者としての近代性でしょうか。以下、有名な「旅」の第2段です。
Ⅱ
恐ろしい! 私たちは回るコマと
跳ねるボールの真似をしている。眠っていても、
太陽を鞭打つ残酷な「天使」のように、
「好奇心」は私たちを悩ませ転がす。
奇妙な運命だ、目的地は移り行き、
おまけに、どこでもないから、どこでもよい!
希望に見捨てられることのない人間の運命は、
休息を求めて気狂いのように走り続けることだ!
私たちの魂はイカリア島を捜している三本マストの帆船。
甲板に声が響く:「目を開けろ!」
帆柱の見張り台が、熱く狂おしく、叫ぶ。
「愛だ… 栄光だ… 幸福だ!」 地獄だ! そいつは暗礁だぞ!
見張り番の男が知らせるどの小島も
「運命」により約束されたエルドラド。
大饗宴をひき起こす「想像力」も
朝の光には、暗礁しか見出せない。
おお、妄想の国々を愛する「哀れな人」よ!
蜃気楼が渦潮をさらに苦くするアメリカを
見つけたと夢想するこの酔いどれ水夫に、
鉄の枷をつけて、海に投げ込むべきか?
泥の中でもたついている年老いた放浪者のように、
上の空で輝く楽園を夢見ている。魔法にかけられた目は、
ロウソクがあばら家を照らしているところ
どこにでもカプアの町を見いだす。
マラルメ、デュカス、ランボーは、これに続いたのですね。
さて、私が参加しているアートサイト eyedia.com ではBBBというページで、私が撮影・編集したビデオなどを掲載してきました。ストリーミングビデオが普及し始める頃からで、分らないことも多く、多くの方に助けていただきました。でも、今では YouTube など、フリーの投稿スペースが充実し、画質も良い状態で見ていただくことができます。かっての flickr と同様、新しい世界的コミュニケーションツールとなりました。
振り返って、1993年原宿ホコ天に、第1次湾岸戦争の空爆スクープで当時急速にメジャー化したアメリカのCNNテレビ局が発信アンテナも携えて取材に来ていました。世界のどこからでも自由に取材電波を送り出せることを、目の当たりに見て新しいメディアの時代を実感しました。「岬から岬へ、吹き荒れる極地から城へ、群衆から浜辺へ、眼差しから眼差しへ、…… 彼を呼び、彼に会い、彼を送り返そう。」と彼、詩人ランボーが夢見た新しい神=新しいメディアが実現し始めていました。個がメディアを持てる時代、個とマスが直接向き合えるメディアとして「マイクロメディア」を作りました。当時パソコンソフトで世界を席巻し始めていたマイクロソフトに名前を真似ました。正式名称は、Virtual Creates MICROMEDIA です。1997年、インターネットの普及とともにアート系マイクロポータルサイト eyedia.com を作りました。ここから分岐したのが、現在の私のサイト KunioMonji.com です。しかし、マイクロサイトからの発信は、画質的にもアクセス的にも限られてしまいます。質の高い画像・映像を、より多くの人に見てもらうために flickr につづいて、YouTube に eyediamedia チャンネルをオープンいたしました。
皆様のアクセスをお待ちしております。
最初に投稿したビデオは、最初に撮影・編集したスキービデオです。やや長いので、内容通り3部に分けてあります。詳しい説明は、各ビデオをご覧下さい。
■Poppy Snow by Snow Pop
●第1部 モノスキー・フリークス! Part 1- Poppy Hoppy Monoskiers!
さまざまなスタイルで滑るモノスキー・フリークスたち。

●第2部 スノボード池越え大会! Part 2 - Pond Jumping Snowboarding!。
日本初のスノーボード池越え大会です

●第3部 フリースタイル&モノスキー! Part 3 - Freestyle & Mono Skiing!
フリースタイラーの強風下の練習とスノーポップのモノスキーテストです。

3.14.2009
「美しくあること」と「女であること」
ランボーの「イリュミナスィオン」に、「 Being beauteous 」という詩があります。
私は、「美しくあること」というタイトルに訳しました。beauteous の雅語を強調したら、「麗しくあること」でしょうか。ランボーが英語のタイトルにした意図は何だったのでしょう。このタイトルには様々な邦訳がなされています。
さて、ネットの日本語版ロイターニュース「ロイター.co.jp」のピクチャーギャラリーに「Being a woman」という特集が掲載されています。「女であること」ですね。スライドショーをお楽しみください。
私は、「美しくあること」というタイトルに訳しました。beauteous の雅語を強調したら、「麗しくあること」でしょうか。ランボーが英語のタイトルにした意図は何だったのでしょう。このタイトルには様々な邦訳がなされています。
さて、ネットの日本語版ロイターニュース「ロイター.co.jp」のピクチャーギャラリーに「Being a woman」という特集が掲載されています。「女であること」ですね。スライドショーをお楽しみください。
3.13.2009
デュカスの生地、モンテヴィデオのカーニバル

写真は、浅草のサンバカーニバル、夕方の山車 2006年8月26日
日本は冬から春に、そして南半球は夏からそろそろ秋に。南米の夏と言えば、サンバカーニバル。AFPBニュースには、たくさんのサンバカーニバルが掲載されています。
なんと言ってもリオのカーニバルが有名ですが、ウルグアイのモンテヴィデオのカーニバルもなかなか華やかなようです。モンテヴィデオと言えば、『マルドロールの歌』の作者であるロートレアモン伯爵、イジドール・デュカスの出生の地ですね。南米のカーニバルの山車には、巨大な動物や人間のオブジェが飾られたりしていて、どこか『マルドロールの歌』を連想させる感覚があり、おもしろく感じました。当時のモンテヴィデオの状況については、去年の10月に出た『マルドロールの歌』の翻訳者である石井洋二郎氏の『ロートレアモン 越境と創造』に詳しく書かれています。リオのカーニバルに関して言えば、1932年に始まり、1950年代に今のスタイルになったそうです。ウルグアイのカーニバルは、もっと新しいのかも知れません。でも、感性的に、巨大な動物のオブジェなどを見ていると、どこかデュカスの感性が解放されたような印象を受けてしまいます。『ロートレアモン 越境と創造』には、デュカスのフランスでの解放されない学生生活の有様が描かれていますが、カーニバルのダンサーや巨大な動物のオブジェなどを見ていると、デュカスの感性が裏返って解放されたような印象を受けてしまいます。
なお、AFPBニュースは登録すると写真を拡大して見ることができます。多くの写真をスライドショーで見ることもできます。無料です。
★モンテヴィデオのカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2568984/3762779
リオのカーニバルのような女性ダンサー
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2567383/3748479
豹柄のボデイペインティングをし頭に羽を飾ったダンサー
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2567383/3748495
顔に奇妙なメイクを施したピエロ?たち
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2567383/3748508
頭に木の枝の付いた人形様のもの
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2567383/3748523
★南米のカーニバル
リオのカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2574626/3846456
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2575012/3851594
リオのカーニバル 山車の準備
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2572569/3810068
異様なデザインの山車
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2346329/2597213
リオデジャネイロのパレード準備風景
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2572228/3792243
サンパウロのカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2573618/3835402
ブラジル各地のカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2574195/3837106
オルロ(ボリビア)のカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2574254/3838430
エンカルナシオン(パラグアイ)のカーニバル
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2572043/3801505
現代の夏のウルグアイは開放的なところのようですね。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2580835/3904961
それでは、お楽しみください。
2.05.2009
宗形慧作品展「川越1979-2008」
民俗写真家 宗形慧氏の撮り続けた川越のモノクロ写真の写真展です。

●期 間 2009年3月3日(火)~3月29日(日)
●開館時間10:00~17:00 ※ 入場無料
●休館日 毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)
●展示点数 約90点(全作品モノクロ)
●展示内容
「歴史と文化のまち」として脚光を浴び、年間500万人もの観光客が訪れる川越。江戸時代、川越は北の守り神であり物資の供給地としても重要な役割を担っていた。新河岸川を利用した舟運は江戸との物流を確立し商人の町としても発展した。明治に入り大火に見舞われたが耐火性を重視した土蔵造りの店舗を建設し現在も残る蔵造りの景観を形成した。
1979年から約30年川越を撮り続ける宗形慧氏は、川越まつりの時に感じる圧倒的な熱量と普段の町に流れる静のギャップに魅了され川越に移り住んだ。川越まつりや時の鐘はもちろん日々の風景まで、街に馴染んだ宗形氏だからこそ写せる唯一無二の川越の景色がそこにある。古さも新しさも大切にしながら進化を続ける川越の記録といえる作品約90点(すペてモノクロ)を展示。
※今回の作品展で展示される作品を収めた図録をフォトサロンにて販売いたします。
●所在地 東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル1階 JCIIフォトサロン
TEL:03-3261-0300
東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅下車、5番出口から徒歩3分
http://www.jcii-cameramuseum.jp

●期 間 2009年3月3日(火)~3月29日(日)
●開館時間10:00~17:00 ※ 入場無料
●休館日 毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)
●展示点数 約90点(全作品モノクロ)
●展示内容
「歴史と文化のまち」として脚光を浴び、年間500万人もの観光客が訪れる川越。江戸時代、川越は北の守り神であり物資の供給地としても重要な役割を担っていた。新河岸川を利用した舟運は江戸との物流を確立し商人の町としても発展した。明治に入り大火に見舞われたが耐火性を重視した土蔵造りの店舗を建設し現在も残る蔵造りの景観を形成した。
1979年から約30年川越を撮り続ける宗形慧氏は、川越まつりの時に感じる圧倒的な熱量と普段の町に流れる静のギャップに魅了され川越に移り住んだ。川越まつりや時の鐘はもちろん日々の風景まで、街に馴染んだ宗形氏だからこそ写せる唯一無二の川越の景色がそこにある。古さも新しさも大切にしながら進化を続ける川越の記録といえる作品約90点(すペてモノクロ)を展示。
※今回の作品展で展示される作品を収めた図録をフォトサロンにて販売いたします。
●所在地 東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル1階 JCIIフォトサロン
TEL:03-3261-0300
東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅下車、5番出口から徒歩3分
http://www.jcii-cameramuseum.jp
1.22.2009
オバマ大統領就任式 Benediction

皆様、本当にお久しぶりです。そして今さら、開けましておめでとうございます。現在、ランボーを読んでいない訳ではありません。どのようにまとめようか、検討中のため、お休みしております。
さて、昨年から引き続きオバマ大統領に関するレポートをいたします。オバマ新大統領の1月20日の大統領就任式を ichico が abc の生中継で見ました。私はしっかりと寝ていました。明日、ネットで見れると。白人以外の有色人種のアメリカ合衆国大統領就任は、史上初であり、そのことも含め歴史的な大統領就任式となりました。
話はそれますが、過去のアメリカの人種差別の映像をテレビで流していました。テレビには有色人種 colored people の立ち入り禁止のプレートが写っていました。戦前の映像でしたから、もちろん日本人も立ち入り禁止だったでしょう。ところがテロップには黒人立ち入り禁止と表示されました。
ichico の一番関心を引いたのは、なんだかよく分らなかった個所だそうで、その部分に該当する言葉を捜していました。それは就任式を祝福する祈りの言葉 Benediction です。その祈りの言葉をオバマ大統領も口にしたのかかなり調べていましたが、結局は分りませんでした。時代の変化、覇権主義から多極化への移行の覚悟をアメリカ国民に、というより世界に表明した Benediction でした。プロテスタントのメソジスト派の神父で黒人で公民権運動指導者のジョセフ・ラウリー(ローリー)牧師の言葉です。テキストと私の翻訳を掲載します。
Benediction
Lord, in the memory of all the saints who from their labors rest,
and in the joy of a new beginning, we ask you to help us work for that day
when black will not be asked to get in back,
when brown can stick around,
when yellow will be mellow,
when the red man can get ahead, man; and
when white will embrace what is right.
That all those who do justice and love mercy say Amen. Say Amen”
祝福の祈り
主よ、
既に休まれた全ての聖人の思い出により、
さらに、新しい時代の始まりの歓びにより、
その日のために私たちが働くのを助けてください。
黒い人が後に入れと言われない日、
茶色い人がそこに留まる日、
黄色い人が栄える日、
赤い人が成功できる日、そして、
白い人が正しいことを受け入れる日。
正しいことを行い寛容を愛するすべての人はアーメンを唱えます。
アーメンを唱えましょう。
なお、始めの大統領就任宣誓式では、プロテスタントの南部バプテスト派のリック・ウォレン(ウォーレン)牧師が祈祷しました。
オバマ大統領の就任演説自体は、対訳も含めて多くのマスメディアのサイトに掲載されています。日経ビジネスオンラインの実際の就任式の現場レポート「オバマ演説 盛り上がり8分目の理由」(水野博泰氏)が興味深く読めました。
11.06.2008
次期米大統領オバマの変革と詩人ランボーの変革
昨夜、バタバタと「オバマ次期大統領とCHANGE」を書いたため、間違いが幾つかあり、今日、急いで直しました。
france2を見る限り、オバマの大統領選勝利はパリでも(つまりはフランスでも)好意的に受け取られているようです。オバマは YouTube でも人気があり、勝利に貢献したといえるでしょう。おもしろい分析をブログで見つけたので、ご紹介しておきます。
http://www.edita.jp/taizo/one/taizo9286847.html
さて、オバマの勝利演説では、Change has come to America. という言葉になりました。「アメリカに変革来たる!」ですね。感覚的には(ichico談)、待っていたものがやっと来たといった感じだそうです。卑近な例では、春が来た Spring has come! ですね。すでに次期内閣に向けて動き始めたと報道されています。どの位、CHANGE するのでしょう。今日の日経NBオンラインの「オバマ 勝利の真実」は、「(2)シカゴ オバマを鍛えた貧民街」で、オバマの CHANGE の出発点が書かれています。
私自身での生の情報の収集は不可能なので、興味を引いた記事の紹介ばかりになってしまいました。それでも、なぜ、私のブログに書き込んでいるのかというと、やはり、変革を望んだ詩人ランボーを考える手掛かりにしたいためです。ランボーは、言葉による変革、社会変革を目指しますが、挫折します。そのことは、むしろ文学放棄のドラマとして広く知られ、映画にもなったことは、みなさんもよくご存知だと思います。詩による社会変革の方法論は「見者の手紙」に書かれた、いわゆる「見者の詩法」です。少年らしい誇大妄想と捉えることもできます。しかし、フランス革命の演説やユゴーの詩などを見ると、ランボーが当時のフランスで、詩に変革を求めたこと自体は、それほど不思議ではないと思います。1868年には、新聞の検閲制度が廃止されました。ランボーは新聞記者を目指して、地方紙「アルデンヌの進歩」に、匿名で詩を投稿します。今年の5月には、今まで未発見だった「ビスマルクの夢」という詩があらたに見つかりまた。しかし、「見者の手紙」を書いたすぐ後に、パリ・コミューンは敗北、ランボーは、現実を失った言葉の世界に生きるしか無くなります。「おれは架空のオペラになった。」(「錯乱 Ⅱ」)と書いたランボーは、詩人の地獄からの脱出と自己救済を試みます。やがて、詩を捨てて、アフリカで商人になりますが、変革への希望は、少なくともアフリカに定着し始めた頃は、まだ持っていたと思われます。フランスのママンに頼んで、様々な科学書・技術書を取り寄せたり、未踏地の探索をしたりしています。探索以外は、夢で終わってしまったようですが。
オバマのシカゴでの体験を読むと、これからの国政でどの位実現できるかは別としても、変革の具体性が試されてきたことが分ります。さらに、現実の変革に必要なものは、やはり希望でしょう。時には、神でもあります。ランボーの変革の挫折の原因は、それが言葉による性急な変革を求め過ぎただけでなく、希望の無さにもあったと考えます。神に反抗したランボーは、希望も否定します。「おれは、心の中から人としての希望をことごとく抹殺した。」(「地獄での一季節」の「序文」)と。ランボーは、詩人としても、詩の変革者としても、挫折はしなかったと私は思っていますし、ランボー自身も思っていないでしょう。しかし、現実の変革者としては、やはり挫折したのだと思います。「地獄での一季節」には、「おれは政治事件に巻き込まれるだろう。救われる。」(「悪い血筋」)とも、「世の中! 商人どもだ、お人好しだ! ― おれたちが恥をかかされることもないのだ。 ―」(「不可能」)とも書かれています。アフリカで馬鹿にしていた商人になるとは、まさか考えてもいなかった。「さあ!進め、荷物だ、砂漠だ、倦怠と怒りだ。」(「悪い血筋」)とは、アフリカに遠征した軍人の父からの影響の元にランボーが怖れ描いた兵役でしょう。詩人ランボーは、「おれはいつか、とても遠いところに行ってしまわなくてはならないんだ。そして、他の人を助けなくてはならないんだ。これがおれの務めなのさ。」(「錯乱 Ⅰ」)と、希望の無い自己救済の夢を描いてみたのでしょうか。
135年も隔てたヨーロッパとアメリカ、詩人と政治家、無謀な比較かも知れませんが、興味が尽きません。しかし、ランボーが「地獄での一季節」を書き始めたときの仮タイトルが「黒人の書」あるいは「異教徒の書」というのは、皮肉ですね。
france2を見る限り、オバマの大統領選勝利はパリでも(つまりはフランスでも)好意的に受け取られているようです。オバマは YouTube でも人気があり、勝利に貢献したといえるでしょう。おもしろい分析をブログで見つけたので、ご紹介しておきます。
http://www.edita.jp/taizo/one/taizo9286847.html
さて、オバマの勝利演説では、Change has come to America. という言葉になりました。「アメリカに変革来たる!」ですね。感覚的には(ichico談)、待っていたものがやっと来たといった感じだそうです。卑近な例では、春が来た Spring has come! ですね。すでに次期内閣に向けて動き始めたと報道されています。どの位、CHANGE するのでしょう。今日の日経NBオンラインの「オバマ 勝利の真実」は、「(2)シカゴ オバマを鍛えた貧民街」で、オバマの CHANGE の出発点が書かれています。
私自身での生の情報の収集は不可能なので、興味を引いた記事の紹介ばかりになってしまいました。それでも、なぜ、私のブログに書き込んでいるのかというと、やはり、変革を望んだ詩人ランボーを考える手掛かりにしたいためです。ランボーは、言葉による変革、社会変革を目指しますが、挫折します。そのことは、むしろ文学放棄のドラマとして広く知られ、映画にもなったことは、みなさんもよくご存知だと思います。詩による社会変革の方法論は「見者の手紙」に書かれた、いわゆる「見者の詩法」です。少年らしい誇大妄想と捉えることもできます。しかし、フランス革命の演説やユゴーの詩などを見ると、ランボーが当時のフランスで、詩に変革を求めたこと自体は、それほど不思議ではないと思います。1868年には、新聞の検閲制度が廃止されました。ランボーは新聞記者を目指して、地方紙「アルデンヌの進歩」に、匿名で詩を投稿します。今年の5月には、今まで未発見だった「ビスマルクの夢」という詩があらたに見つかりまた。しかし、「見者の手紙」を書いたすぐ後に、パリ・コミューンは敗北、ランボーは、現実を失った言葉の世界に生きるしか無くなります。「おれは架空のオペラになった。」(「錯乱 Ⅱ」)と書いたランボーは、詩人の地獄からの脱出と自己救済を試みます。やがて、詩を捨てて、アフリカで商人になりますが、変革への希望は、少なくともアフリカに定着し始めた頃は、まだ持っていたと思われます。フランスのママンに頼んで、様々な科学書・技術書を取り寄せたり、未踏地の探索をしたりしています。探索以外は、夢で終わってしまったようですが。
オバマのシカゴでの体験を読むと、これからの国政でどの位実現できるかは別としても、変革の具体性が試されてきたことが分ります。さらに、現実の変革に必要なものは、やはり希望でしょう。時には、神でもあります。ランボーの変革の挫折の原因は、それが言葉による性急な変革を求め過ぎただけでなく、希望の無さにもあったと考えます。神に反抗したランボーは、希望も否定します。「おれは、心の中から人としての希望をことごとく抹殺した。」(「地獄での一季節」の「序文」)と。ランボーは、詩人としても、詩の変革者としても、挫折はしなかったと私は思っていますし、ランボー自身も思っていないでしょう。しかし、現実の変革者としては、やはり挫折したのだと思います。「地獄での一季節」には、「おれは政治事件に巻き込まれるだろう。救われる。」(「悪い血筋」)とも、「世の中! 商人どもだ、お人好しだ! ― おれたちが恥をかかされることもないのだ。 ―」(「不可能」)とも書かれています。アフリカで馬鹿にしていた商人になるとは、まさか考えてもいなかった。「さあ!進め、荷物だ、砂漠だ、倦怠と怒りだ。」(「悪い血筋」)とは、アフリカに遠征した軍人の父からの影響の元にランボーが怖れ描いた兵役でしょう。詩人ランボーは、「おれはいつか、とても遠いところに行ってしまわなくてはならないんだ。そして、他の人を助けなくてはならないんだ。これがおれの務めなのさ。」(「錯乱 Ⅰ」)と、希望の無い自己救済の夢を描いてみたのでしょうか。
135年も隔てたヨーロッパとアメリカ、詩人と政治家、無謀な比較かも知れませんが、興味が尽きません。しかし、ランボーが「地獄での一季節」を書き始めたときの仮タイトルが「黒人の書」あるいは「異教徒の書」というのは、皮肉ですね。
ウイルス対策ソフトを偽装したウイルス
今日、ウイルス対策ソフトに似せたウイルスの記事がネット版の新聞に出ていました。
あ、これだと思い出したのは、今年の春の出来事です。このブログの「思い出」、「思い出 追記」の記事のコメントにウイルスメールとおぼしきものが2回投稿されました。あえて開いてみましたが、何も表示されず、ウイルス対策ソフトがのウンロード画面が表示されました。ichicoと相談しましたが、ブロガーも受け付けていることだしと、半信半疑ながら簡易版をダウンロード購入してみました。ウイルススキャン画面が出ましたが、その後、実際に駆除されたかどうかも分らないし、これは却って危ないと思い、アンインストールしました。残っていたフォルダなども消去したと思いますが、覚えていません。しばらく、フリーズなどして動きが悪かったので、正規のウイルス対策ソフトで調べたところ、危険度低のウイルスが1つ残っていました。しかし、その時はまだこのウィルスの情報が見つけられなかったので、他から入ってくることも考えられるので、ブログには載せませんでした。それでは、皆さまもくれぐれご注意を。
あ、これだと思い出したのは、今年の春の出来事です。このブログの「思い出」、「思い出 追記」の記事のコメントにウイルスメールとおぼしきものが2回投稿されました。あえて開いてみましたが、何も表示されず、ウイルス対策ソフトがのウンロード画面が表示されました。ichicoと相談しましたが、ブロガーも受け付けていることだしと、半信半疑ながら簡易版をダウンロード購入してみました。ウイルススキャン画面が出ましたが、その後、実際に駆除されたかどうかも分らないし、これは却って危ないと思い、アンインストールしました。残っていたフォルダなども消去したと思いますが、覚えていません。しばらく、フリーズなどして動きが悪かったので、正規のウイルス対策ソフトで調べたところ、危険度低のウイルスが1つ残っていました。しかし、その時はまだこのウィルスの情報が見つけられなかったので、他から入ってくることも考えられるので、ブログには載せませんでした。それでは、皆さまもくれぐれご注意を。
11.05.2008
オバマ次期大統領とCHANGE
アメリカ合衆国次期大統領選挙で、民主党のバラク・オバマが圧倒的な勝利を果たした。日経NBオンラインに詳しい分析記事「オバマ 勝利の真実」の「(1)300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利」が載っていて、楽しく読むことができた。インターネットを使った草の根からの政治運動・献金システムでヒラリー・クリントンに勝ち、さらに最近の金融恐慌でジョン・マケインに勝ったと主要要因を分析していました。インターネットが政治に直接の力を持つ時代になったとすれば、ランボーが「イリュミナスィオン」の「魔神」で書いたことが、少しは現実として見えるようになったのだろうか。オバマの演説も、始めの頃は教会の説教のようだとか、牧師の手法を使っているとか言われていたが、最近では詩のようだとも評されていた。もちろん、詩は言葉でしかないし、言葉であるが故に、強い力を持つこともあると言えるかもしれない。詩の先には、政治・産業的に巨大な力を持つ軍産複合体、巨額の財政赤字、金融危機、世界のドル離れ、環境問題、アメリカの力そのものの衰退など、これからは実際の問題との闘いになる。軍事的・経済的に傾いているアメリカの覇権と世界の多極化はどうなっていくのだろか、日本はどう対応していくのだろうか。個人は何もできないとしても、やはり注視していくだろう。なお、オバマの演説はABCニュースで聞くことができます。
さて、オバマのスローガンは、CHANGE YES WE CAN 私たちは変革できる、もっと直訳すれば、「変革、はい、私たちはできます。」 CHANGE を動詞と取るとCHANGEの目的語が無い、変革されるのは、アメリカか世界なのだろうが。だから、この CHANGE ぱ名詞ですね、つまりは、言葉ですね。今、オバマのホームページには、Thank you CHANGE CAN HAPPEN と書かれている。ありがとう、変革はできる。この CHANGE という言葉を見ると、すぐにランボーの「地獄での一季節」の錯乱のⅠに書かれていた「世の中を変える changer la vie 」を思い出します。フランス語の動詞 changer は、英語の change (動詞)に当たります。愚かな処女に比喩されたヴェルレーヌの口を通して「彼は「世の中を変える」ための秘密を握っているのかしら? いいえ、彼はそれを捜しているだけです、と自分に言い返すのでした。要するに、彼の愛には魔法がかけられていて、私はその虜なのです。」と、見者の詩で世界を変革しようと意図したランボー自身を捉えなおしています。この「愛」は、男女間の愛 amour でなく、普遍的な愛 charite です。英語ではチャリティ charity つまり、キリスト教でいう愛徳になります。アメリカでは、キリスト教はまだまだ日常生活にも政治にも密着していると言われています。少なくとも、オバマとキリスト教は対立関係ではありません。ランボーはキリスト教に反抗して社会を変革しようとしました。それは、王権と結びついたカトリックの強いフランスでの、フランス革命の始まりからの闘いでもありました。キリスト教に対抗して掲げられたものは、人間の理性 raison でした。「イリュミナスィオン」には、「ある理性に」という詩があります。
ある理性に
君の指の太鼓の一打ちで、全ての音は解き放たれ、新しいハーモニーが始まる。
君の一歩で、新しい人々は決起し、前進する。
向こうを向けば、新しい愛! 振り向いても、 ― 新しい愛!
「ぼくらの運命を変えてくれ、災いをふるいにかけてくれ、まずは時間から」と、この子らが君に歌う。
「どこでも良いから、我々の幸運と願いの実体を築いてくれ」と、君は頼まれる。
いつも来てくれた、どこにでも行ってくれる。
さて、このところ、私のランボーサイトを読みやすいように、すこしずつ手を入れはじめました。解読も一部更新しています。ぜひ、お立ち寄りください。
さて、オバマのスローガンは、CHANGE YES WE CAN 私たちは変革できる、もっと直訳すれば、「変革、はい、私たちはできます。」 CHANGE を動詞と取るとCHANGEの目的語が無い、変革されるのは、アメリカか世界なのだろうが。だから、この CHANGE ぱ名詞ですね、つまりは、言葉ですね。今、オバマのホームページには、Thank you CHANGE CAN HAPPEN と書かれている。ありがとう、変革はできる。この CHANGE という言葉を見ると、すぐにランボーの「地獄での一季節」の錯乱のⅠに書かれていた「世の中を変える changer la vie 」を思い出します。フランス語の動詞 changer は、英語の change (動詞)に当たります。愚かな処女に比喩されたヴェルレーヌの口を通して「彼は「世の中を変える」ための秘密を握っているのかしら? いいえ、彼はそれを捜しているだけです、と自分に言い返すのでした。要するに、彼の愛には魔法がかけられていて、私はその虜なのです。」と、見者の詩で世界を変革しようと意図したランボー自身を捉えなおしています。この「愛」は、男女間の愛 amour でなく、普遍的な愛 charite です。英語ではチャリティ charity つまり、キリスト教でいう愛徳になります。アメリカでは、キリスト教はまだまだ日常生活にも政治にも密着していると言われています。少なくとも、オバマとキリスト教は対立関係ではありません。ランボーはキリスト教に反抗して社会を変革しようとしました。それは、王権と結びついたカトリックの強いフランスでの、フランス革命の始まりからの闘いでもありました。キリスト教に対抗して掲げられたものは、人間の理性 raison でした。「イリュミナスィオン」には、「ある理性に」という詩があります。
ある理性に
君の指の太鼓の一打ちで、全ての音は解き放たれ、新しいハーモニーが始まる。
君の一歩で、新しい人々は決起し、前進する。
向こうを向けば、新しい愛! 振り向いても、 ― 新しい愛!
「ぼくらの運命を変えてくれ、災いをふるいにかけてくれ、まずは時間から」と、この子らが君に歌う。
「どこでも良いから、我々の幸運と願いの実体を築いてくれ」と、君は頼まれる。
いつも来てくれた、どこにでも行ってくれる。
さて、このところ、私のランボーサイトを読みやすいように、すこしずつ手を入れはじめました。解読も一部更新しています。ぜひ、お立ち寄りください。
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