11.05.2011

預言者ランボーの「大洪水」と「新しい神」

みなさま、こんにちは。
目下、私事でひどく忙しく、ブログ記事も書きかけのまま進んでいません。今月中旬まではゆとりがありませんので、まだ、書き切っていない状態ですが、掲載します。

 今、地球規模で大きな異変が起こっている。ひとつは人類のエネルギー活動による天候の異変であり、もうひとつは、通信の多様化による社会の変動である。

>「大洪水」の予感が鎮まるとすぐに、
 臆病者の野ウサギはイワオウギと揺れている釣鐘草の中で立ち止まり、クモの巣を透かして虹にお祈りをあげた。
 おお! 宝石たちは消えていく。 ― 花たちが見守っていたのに。
 汚れた大通りには屋台店が立ち並んだ。そして、版画で見るように天高くまで段々となった海のかなたに、小舟が曳かれていった。
 血が流れた。「青ヒゲ」の家でも、屠殺場でも、闘技場でも。その窓は神の印に青ざめた。……(「大洪水の後」/『イリュミナスィオン』)

 人類のエネルギー活動の増大は、地球の温暖化、別の言い方をすれば気象の高エネルギー化を起こしていると言われている。2酸化炭素が原因のどの程度を占めるかは説の分かれるところだが、2酸化炭素の削減が地球規模で政治的・経済的に大きな影響を与えている。気象の高エネルギー化は、海水温の上昇も引き起こし、溜まった熱エネルギーの大規模な解消は、水が水蒸気となり、水蒸気が水(降雨・降雪)となる循環する大気のラジエーターで行なわれる。そのため地球規模で降水量が増大し、世界各地で大洪水を起こしているのではないだろうか。地球の気象は太陽の黒点活動をはじめとする他の要因による変動もあるから、一定の変化ではないが、現在、地球規模での洪水が多発している。

> おれたちが彼を思い出せば、彼は彼方からやってくる…。もし「崇拝」が去りゆけば、彼の約束が鳴り響くのだ。「退け、この迷信、この古い体、この世帯とこの年代。この時代はすでに滅びたのだ!」
 彼は天に昇ったりはしないのだ、天から再臨しもしないのだ。女たちの怒りと男たちの馬鹿騒ぎとあらゆる罪人の贖罪を成就したりもしないのだ。彼がいて、彼が愛されれば、そのことは、もうなされたのだから。……(「魔神」/『イリュミナスィオン』)

 第2次世界大戦後の人類史上の大きな変化のひとつに、インターネットにより多くの人が通信手段を手にできるようになったことがある。19世紀の電信・電話から始まり、ラジオ、テレビと進んできた通信は、1990年代以降急速に普及したインターネットとモバイル(携帯端末)の普及により、独占されたマスメディアを通さずに、情報の共有を可能とした。インターネットを通じた相互通信網は、当初「世界に広がる蜘蛛の巣 WWW(World Wide Web)」と呼ばれた。現在では、ネットワークに演算機能を持たせ「雲電算機能 Cloud Computing」という「電脳雲」が地球を覆っている。この雲から降る雨は、中東では、チュニジア・エジプト・リビアに春の洪水を起こし、アメリカ合衆国のウォール街にも「ウォール街の占拠」という出水をもたらした。背景には、政治的・経済的・軍事的な要素が複雑にからみあっており、その答えをアメリカ合衆国を始めとする西洋諸国(と日本国)の国力低下と、中国を始めとする BRICs の台頭と捉えることもできるだろう。

 ランボーの詩は、しばしば彼自身への予言と評されてきた。確かに『地獄での一季節』には、詩を捨てたアルチュール・ランボーというアフリカの貿易商を予見させる言葉が散りばめられている。しかし、ぼくは、むしろ、今でも、ランボーの詩が活きつづけていることに、驚きを感じる。それを可能にした「見者の詩法」とは、理論的な錯乱により未知に到達することであり、到達点は既存の知識・思考という防波堤を超える。ランボーは2通(イザンバール宛・ドムニー宛)の「見者の手紙」の中で、「客観的な詩」という言葉を来るべき詩に使っている。この客観的という言葉は、一般的な意味での「客観」ではなく、見者という「他者」が五感で体験するという意味での「客観」だろう。ここの、ランボーの詩の独特の抽象的・象徴的表現、曖昧な表現の源がある。そして、この曖昧さこそ、ランボーの詩の深い予言性を可能にしたのではないかだろうか。

>おお、この世だ! そして新しい不幸の清らかな歌だ!
 彼はおれたちみんなを知り、おれたちみんなを愛した。この冬の夜、岬から岬へ、吹き荒れる極地から城へ、群衆から浜辺へ、眼差しから眼差しへ、力と感情は疲れ果てても、彼を呼び、彼に会い、彼を送り返そう。そして、潮の下にも雪の荒野の頂にも、彼の眼差しを、彼の息吹を、彼の体を、彼の日を追い求めていこう。(「魔神」/『イリュミナスィオン』)

 だが、現実社会に具体的特権も持ち得なかった・持つことを捨てたランボーには「ひとつの魂とひとつの肉体」に強制送還される時が来る。

>おれはあらゆる祭りを、あらゆる勝利を、あらゆるドラマを創った。新しい花々、新しい星々、新しい愛欲、新しい言葉を発明しようと努めた。超自然の力を手に入れたと信じた。だが! おれは己の空想と思い出を埋葬しなければならない!(「永別」/『地獄での一季節』)

 ランボーは、『地獄での一季節』を書き上げた後にも、1年ほど詩作を続けている。「空想と思い出」を埋葬するために、少しの時間と詩作が必要だった。
 そして、今、ぼくは、ランボーが全く予見できなかったことは、原子力だったかなと考えている。

(補足)これは『ランボーの特異性 Ⅱ 客観的夢想(仮題)』への試みです。

9.04.2011

宗形 慧 写真展 「川越まつり」

 9月3日(土)から10月30日(日)まで、川越市の蘭山記念美術館で、宗形慧写真展「川越まつり」が開催されます。川越在住の民俗写真家 宗形慧が30年近くわたり撮り続けた川越まつりの写真、カラー101点・モノクロ41点を展示します。開館時間・休刊日・アクセスなどは、蘭山記念美術館のホームページをご覧ください。なお、観光案内所等に置いてあるチラシを御持参の方には、入場料が200円割引されます。
  川越まつりは、江戸近郊の物流拠点であった小江戸川越で、江戸の天下祭りを模した祭りと言われています。蔵作りの町並を背景に、豪華に飾られた山車の、昼の曳き回し、夜の曳っ交わせ、川越氷川神社の神幸祭など、日本の祭りをお楽しみください。
 なお、展示された写真のフィルムスキャンおよびプリント作成は、私が担当しました。

神幸祭
曳き回し
山車を曳く子供たち
       山車
曳っ交わせ
川越まつりビデオ:1993年、94年に海外紹介用に、宗形氏の協力を得て私が撮影・編集した英語版のビデオです。英文説明・ナレーション:いちこ

8.25.2011

バルバラ/プレヴェール

 敗戦記念日前後、YouTubeで第2次世界大戦と太平洋戦争の記録映像を見ていた。そして、思い浮かんだのが、フランスの詩人、プレヴェール(1900-1977)の「バルバラ」。この詩は、大学2年の時に朝吹三吉氏の授業で読んだ思い出深い詩だ。当時購入した詩集 Paroles のペーパーバックが茶色くなって今でも手元にある。この本には、注は付いていない。
 その時、朝吹氏は、この詩の背景をごく簡単に語り、「犬のように死んでいく/雲にすぎない/ブレストの雨の流れに/消えていく犬たち」の部分は、戦争の時は全てが緊迫していたが、戦後はつまらない日常が戻ってきたことを、シュールな比喩的表現で表していると語ったように記憶している。でも、ぼくにはここの部分が海辺に転がっている兵士の死体のように見えていた。そのことが心にひっかかり、この詩を自分なりに訳してサイトにも掲載した。
 イメージしたのは、「犬たち」は兵士の死体、そして、ノルマンディー半島西端にありドイツ軍の潜水艦基地となったブレストの町を歩いている(おそらく)若く美しい女性は、ドイツ兵の恋人となったフランス女性。大戦前と考えるよりも、フランス人同士と考えるよりも、こちら方が「愛し合うものすべて」という言葉にはふさわしいと思えた。そして、兵士はもちろん、もうこの世には居ない。町は爆撃にさらされたのだから、女性もこの世には居ないかも知れない。そのシーンを思い浮かべながら翻訳した。
 しかし、YouTube のノルマンディー上陸作戦の記録映像を見ているうちに、翻訳が優しすぎるように思えてきた。文字通り敵味方入り乱れた死闘だった。「戦争は、なんて愚かなんだ(ケル コネリ ラ ゲール)」という、突然出てくる強い言葉も、戦争の悲惨さを表している。プレヴェールが「思い出すんだ」と言うのは、全ての人に対して、さらに言うなら、「愛し合うものすべて」に対しての言葉だろう。
 プレイヤッド版の注によると、この詩は第2次世界大戦終結前に書かれ、かつ放送禁止となった詩だそうだ。すでに戦勝気分なのに水をさされたくなかったのだろうか。あるいは、残虐さを忘れさせたかったためだろうか。
 だから、ぼくも、恥も外聞もなくもう一度訳しなおしました。(なお、この記事はランボー・サイトにも掲載しました。)


                 バルバラ
                     ジャック・プレヴェール

    思い出すんだ、バルバラ
    あの日、ブレストにはずっと雨が降っていた
    そして、君は雨の中を
    活き活きと、嬉しそうに、濡れながら
    微笑みながら歩いていた
    思い出すんだ、バルバラ
    あの日、ブレストにはずっと雨が降っていた
    そして、ぼくは君とシアム通りですれ違った
    君が微笑んで
    ぼくも微笑んだ
    思い出すんだ、バルバラ
    ぼくは君を知らない
    君もぼくを知らない
    思い出すんだ
    あの日のように
    忘れるな
    雨宿りしている男が
    君の名を呼んだ
    バルバラ
    そして、君は雨の中を走り
    濡れながら、嬉しそうに、活き活きと
    彼の腕の中へ
    思い出すんだ、あのことを、バルバラ
    君って呼んでもいいね
    たとえ、一度しか会っていなくても
    ぼくの愛するものすべてを
    たとえ、知らなくても
    愛し合うものすべてを
    思い出すんだ、バルバラ
    忘れるな
    君のしあわせな顔の上に降る
    あのしあわせな町に降る
    あの穏やかで優しい雨を
    あの海に降る
    兵器工場に降る
    ウェサン島への船に降る雨を
    おお、バルバラ
    戦争は、なんて愚かなんだ
    今、君はどうしている
    あの、鉄と炎と鋼と血の
    雨の中で
    やさしく
    君を抱いていたあの人は
    死んだのか、行方不明か、生きているのか
    おお、バルバラ
    あの時と同じように
    今もブレストにはずっと雨が降っている
    だが、同じ雨ではない、すべては破壊された
    それは恐ろしく悲しい喪の雨
    もう、鉄と鋼と血の
    嵐ですらない
    犬のように死んでいく
    雲でしかない
    ブレストの雨の流れに
    消えていく犬たち
    ブレストを遠く離れて
    腐ってゆき
    何も残っていない。  
                      翻訳:2011, Parolemerde2001

 なお、「活き活き e´panouie 」と訳した言葉の元の動詞 e´panouir は、(花を)開かせる、輝かせる、などの意味です。また、corps e´panoui で、成熟した肉体という意味もあります。ここら辺の言葉の使い方は、フランス的だなと思います。
 兵器工場と訳した arsenal は、工廠(こうしょう)というのが、本来の訳です。兵器工場兼武器庫です。arsenal de Brest で、ブレスト海軍工廠です。
 再度の翻訳に当たって、『ことぱたち』(高畑勲訳・注/スタジオジブリ出版部)を参考にさせていただきました。

8.21.2011

すでに秋だ! 詩の引き金

 朝から摂氏30度( 30 degre´ Celsius )を超えていた一昨日までの猛暑が嘘のようだ。今朝は、別棟2階の寝室は摂氏23度、だが2階、7畳のミニキッチン付き仕事部屋はエアコンを節電モードの摂氏30度にして夜中中つけっ放しにしておいたのに、摂氏28度もある。この家は壁の間に断熱材が入っていないし、2階の天井裏は巨大な収納になっていて、暖められた空気が上部に溜まる構造になっている。要するにミニミニ温室効果による温暖化現象だ。出しておいた料理やパンが腐ったり黴たりするので節電を諦めた、と言っても夜間なのだから、電力には余剰がある。ところで、この家を設計したのは、なんと義姉なのだ。御本人は2階の18畳+ベランダにサンルーム付きのプライベートルームが、夏は地獄のように暑いうえに、文字通り足の踏み場も無いほど散らかし放題に散らかっているので、過ごしやすい1階の12畳のリビングを占拠し、常に施錠して立て篭もっていらっしゃる。……

 「すでに秋だ!  ― だが、なぜ永遠の太陽を惜しむのか、おれたちが神聖な光の発見にこの身を捧げているのなら、 ― 季節の上に死にゆく人々からは遠く離れ。(「永別」/ランボーより、以下同)
 地球温暖化の始まる前のフランス東北部アルデンヌは、夏もさほどには暑くなかったろうし、霧のアルデンヌと言われるぐらいだから、秋が降り立つときには濃霧の朝もあったろう。後期韻文詩編の「涙」が、春の濃霧(緑色の靄)で始まり、夕方の驟雨で終わるように。
 「秋だ。よどんだ霧のなかに立ちつくすおれたちの小舟は、あの悲惨の港、空にある火と泥で汚れた巨大な都市へと舳先をまわす。」
 だから、この霧はアルデンヌの霧の中にロンドンの霧を見ているのだろう。ランボーが『地獄での一季節』を書いた納屋のあるロッシュには冷たい雨が降り始める。そう、冬が近いのだ。
 「おまけに、おれは冬が怖い! 冬が近代的快適生活 comfort の季節だからだ。」
 comfort は、英語の綴りとなっている。ボードレールにも同じ用法がある。フランス語では confort 。ロワイヤル仏和辞典には、confort modern で、(エレベーター・セントラルヒーティングなどの)近代的住宅設備と出ている。暖房の行き届いた一家団欒のある大英帝国市民風のモダンな暮らしの意味なのだろう。当時のヨーロッパでは、快適とはまずは暖かく冬を過ごせることだったろう。少し前までの日本の快適生活は、オール電化の冷暖房生活だったのかな。

 天候の急変は、ランボーにとって詩の引き金だった。「ミシェルとクリスチーヌ」「涙」「大洪水の後」「魔神」そして「永別」と。

8.18.2011

なんだかな 放射能汚染

川越 蓮光寺 お掃除小僧  Photo: ichico

 最近のニュースでは、福島県内の子供たちの多くが甲状腺被爆をしているという。だが、今すぐには何も起こらないだろう。多くの人たちにとって、今すぐ起こらない事は、他人事でしかない。もちろん、他人事でも責任のある立場の方々もいるはずなのだが、期待してはいけないのだろう。
 友人の写真家、岡友幸さんが「光の日記」に、8月7日付で興味深い記事を書いていた。できれば、多くの人に読んでもらいたいと思い、紹介する。彼の父は広島の原爆で被爆したが、症状が出たのは高齢になってからだそうだ。もちろん、症状が放射能被爆によるものと医学的に判定されたのではない。
 同じ8月7日の毎日新聞ネット版の記事によると、福島の原発から放出された放射能の量は、広島原爆の20個分で、かつ放射線の減り方が遅いそうである。(出典:「放射線:「除染急げ」 東京大アイソトープ総合センター長」毎日新聞ネット版)
 北海道では、知事と泊周辺の4自治体で原発再稼動を決めたという。早速、フランスの民放、TF1でもこのニュースを流していた。海江田万里経済産業相が検査終了証を北電に交付したので、営業運転を再開するという。菅首相の提唱したストレステストはどうなったのだろうか。あれは去り行く人の個人的見解? これは地方自治? 法的にはどのようになっているのだろうか、法律音痴のぼくにはよく解からない。
 一体、今の法律はなんなのだ。気仙沼大島の知合いの店は、地面を覆うコンクリートだけが残っていて地上部はまっさら、土台が残っているので補助金は出ないと言う。だが、暑い時には救命胴衣は着けなくても良いらしい。空に流れる放射能も海に流れる放射能も、法律では止められないそうだ。弁護士は弁護士同士で談合したい、裁判官は責任の無い合意にしたい……
 
「おれには法律が分からない。道徳感覚もない。おれは獣だ。おまえらは間違っている……」(「悪い血筋」/『地獄での一季節』/ランボー) 
 今回は、とりあえずここまでにしよう。頭を整理しないと(笑)。

8.11.2011

気温と体温

 暑い日が続いている。休みで遊びに行けるのでない限り、食べ物の管理に気を使わなくてはならないので、ぼくは夏が嫌いだ。ぼくが小学校に上がる頃は、東京では30度を越えると新聞に取り上げられていた。近くの靖国神社や千鳥が淵は、木陰があって涼しかったし、夕方には気温も下がった。それでも、神田や銀座に行くと、緑地が少ないので暑くて閉口したのを覚えている。あの頃、なぜか学校では汗をかくと疲れるからと、運動中に水を飲まないように注意されたものである。人体が体温の上昇を止めるには発汗が必要なのだが、どうしてこういう注意がなされたのか、今更に疑問である。それでも、熱中症で倒れる子供がいなかったのは、まだ気温がそれほど高くなかったからかも知れない。夏休の日中に、コンクリートの上にいることも少なかったからかも知れない。臨海学校では、昼食後は昼寝の時間だったし、町内会の朝の体操も涼しい早朝だった。一般には冷房も電気冷蔵庫も無い時代だったから、暑い日中を避けて過ごすことは自然の知恵だったように思いだす。
 今日は、亡くなった母の誕生日である。それだけでしかないのだが、ぼくは体格的には母を受け継いだ。母が亡くなったのは2年前の5月10日だった、死亡届では11日になっているが。あの日もけっこう暑かった。母の介護ベッドの置いてあるリビングは南向きで暑いので、エアコンが入れてあった。母のベッドの側にある温度計は27度だった。温度計は壁側のサイドボードの上に置かれていたので、ベッドのあたりは、もっと温度が高かったかも知れない。姉はぼくと違って寒がりで、さほど暑いとは感じなかたようだ。エアコンを止めると、母の体温が上昇した。ぼくがアイシングし、エアコンもつけた。しばらくすると母の体温は下がった。点滴で生存を維持している寝たきりの母でも、かなりの熱エネルギーの発生があるのだと、ぼくは驚いた。ぼくが自室に戻ってしばらくすると、母の体温は再び上昇した。寒がりの姉が体温が下がったから、もう必要ないと思ってアイシングをとってしまった。姉は室温が低いと感じてエアコンも止めたのだろうか、もはや定かな記憶は無い。姉に再び呼ばれて、ぼくは再び、母にアイシングを施した。母の体温は下がって小康状態になったが、体力を消耗したのか、その夜遅く他界した。
 人が(恒温動物と幅広く言っても良いのかも知れない)生命を維持するには、体温を一定に保つ必要がある。エネルギーが発生するとき、熱も発生する。温度が上がりすぎると、液体に溶ける酸素の量ぱ減少する。気温が体温より上がると、体温維持に多大なのエネルギーが必要となり、生命体の衰弱、やがては死をもたらすのだろう。身体は体温は下げるのに、主に発汗という方法しか持っていない。いったい人類の体温は、彼らが発生した地域の最高気温に基づいて設定されたのだろうかと、今妄想している。
 恒温動物は体温を一定に保つことで、広い範囲に分布したとされる。人類はさらに、さまざまなツールを用いて活動範囲を広げていった。それは、人類の発生させるエネルギーの巨大化でもあった。とにかく、今、地球の気象は高エネルギー化している。温暖化という言葉は、穏やかというニュアンスが伴うので、あまり妥当ではないような気がする。この主な原因がCO2にどの程度当てはまるかは、まだ確定はしていないようだが、少なくとも人類の発生させる巨大なエネルギーが地球の気象を変えているのだろう。

8.10.2011

ニューリンク TOKYO STRAIGHT BAND

TOKYO STRAIGHT BANDのブログによると、再スタート中です。もう少し待ちましょう。

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TOKYO STRAIGHT BAND が新しくリンクに加わりました(って、報告が遅いか)。それで、バンドの説明は、2010年8月11日の復活ライブの記事を読んでください。以下、省略です。わお。 そんでもって、復活ライブ以降、ゆっくりですが、コンスタントに新宿ロフトなどでライブを続けています。残念ながら7月20日のライブは、私用で行くことができませんでした。
8月3日の脱原発ライブ+トークイベント、climate-J stand Vol.4 -電力を自由化せよ-には撮影で参加しました。今回は、トップステージで、トリはthe JUMPS、かつてのホコ天時代のトースト(TOKYO STRAIGHT BAND)のリード、モッキーがサポートで参加、セッションには、ヴォーカルのらん太さんはじめ、金管部隊(トランペット、トロンボーン、テナーサックス、アルトサックス)も参加しました。 ライブ撮影を1回飛ばしたためもありますが、新メンバーの演奏はかなりこなれた気がしました。でも、メンバーの一部が抜けるので、さらに新しいバンドになります。ヴォーカル、ギター、金管4人と電子ヴァイオリンは、そのまま継続します。ホコ天時代からの楽しさを、今に再現されるのを待ちましょう。やっぱりあの頃のバカな曲、「も」にしておこう、聴きたい人「も」多いんじゃないかなぁ。今に今向きにアレンジして聴ける日が、たぶん来るだろうさ。 ホコ天の時は、ぼくはビデオを撮っていたので、スチルは殆ど無い。ライブのネガをやっと見つけたので、いずれお目にかけましょう。ichicoが撮ったホコ天のネガが見つかったけど、らん太さんは後姿が多いなぁ(笑)。 1994年ホコ天にて Photo; ichico

という訳で、ずっと前に編集して「モノローグ」に掲載したホコ天+ライブのビデオを載せますね。ビデオはHi8で、YouTube前でしたから小さいサイズで編集してあり、かなり荒いです。全画面にはしないでね。当時の雰囲気だけでも伝われば嬉しいです。音はビデオカメラのマイクで録ったホコ天の音です。不満な人はCDをお求めください。あははっ。
video
ロックンローラーにあこがれて 撮影は94年、95年、録音は94年のホコ天ライブのビデオ、撮影・編集:Kunio

怒涛のアップロード報告

とても遅くなってしまいましたが。フランス詩トピで読んだ翻訳が溜まっていたので、一気にランボー・サイトにアップロードしました。特にランボーの長編韻文詩「酔いどれ船」の新訳「酔っぱらった船」は、平明でイメージの取りやすい訳を実現しました。アクセス、お待ちしています。

2011年7月25日:初期詩編に、酔っぱらった船、の翻訳・解読を更新
2011年7月26日:イリュミナスィオンに、大洪水の後、の翻訳・解読を更新
2011年7月26日:エトセトラに、読者に/ボードレール、の翻訳を掲載
2011年7月27日:エトセトラに、旅/ボードレール、の翻訳を掲載

8.04.2011

8月3日 ダッ!ダッ!脱・原発ライブ

climate-J stand Vol.4 in ロフト Photo: Kunio

昨日は久々にサプライズナイトだった。
TOKYO STRAIGH BANDのヴォーカルらん太さん(以下敬称省略するよ)のライブの撮影に新宿(ニュー)ロフトに行った。
TOKYO STRAIGH BAND Photo: Kunio

原宿ホコ天の時のトースト(TOKYO STRAIGH BAND)のリードのモッキー(元木くん)もthe JUMPSのサポートーで出る、同じステージで再会するとメールにあった。同じステージ? セッション?
リハに駆けつけてその時初めて知ったのだけれど、脱原発ライブ+トークイベント、climate-J stand Vol.4 -電力を自由化せよ-だった。おかげで、今話題の制服向上委員会の「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」も生で見れた。
制服向上委員会 Photo: Kunio

鎌仲ひとみさんのトークも聴けた。そして、トリはモッキーの出るthe JUMPS、モッキーの開脚ジャンプは相変わらず、顔はだいぶ?大人になったかな(じゃあ、てめえの頭はどうなんだと言われると答えようもない、わはは)そして、待ちに待った?セッション、らん太とトースト・ホーン部隊も登場し、演奏しまくった、というよりは騒ぎまくった。原発事故はもちろん不幸なことなのだけど、このまま引いてはいけないという気持が、新しい音楽を作っていくことが楽しく実感できた夜だった。
それで、首謀者の the JUMPS のヴォーカル、う~ん、らん太のダチみたいだけど見たことないな、誰だろう? おまけに本業は弁護士だという。ぼくもオーストリア人の弁護士のヴォーカルを知ってはいるのだけれど……最近、相手方のグロテスクな弁護士にザリウンしていたのだけれど、こういうステキにヘンな弁護士もいるんだ。おまけにライブの方は1年何か月ぶりかの復活だと。
セッション(中央左:モッキー、中央右:らん太、右:キクジロウ)

今日、フライヤーを見てびっくり。えっ、キクちゃん。知り合いでもないアンタにちゃんで呼ばれるのは違法だと言われるかも知れないが。
あれは、神戸の大震災の後だった、震災関連のライブイベントだったと記憶している。キクちゃんはMCばかり印象に残っている(ゴメン)。被災地に行ってロックを演奏しようとしたら、「にいちゃん、(彼の苦手な)演歌をやってくれよ」と言われて困ったとか、最も不得手な老人介護をやったとか、さらにはボランティアに行きたいけどお金が無い、誰かぼくにボランティアしてくれとか。大受けだったように記憶している。
弁護士島キクジロウ先生は「世の中を、ちょこっと引っくり返したい」と言っている。アルチュール・ランボーの petit changer la vie だね。それでもって、勉強して弁護士先生になったのだ。唖然! おい、アルチュール、日本にはこんな奴らもいるんだぜ…… で、奴の行先は政治家かなっ?

……だが現在、あの苦労は報われ、君、君の計算と、
― 君、君の苛立ちは ― 固定されても、全く強いられてもいない、
君たちの踊りと君たちの歌声にすぎない、とはいえ
発明と成功の二重の出来事 + ある理由だが、
― 心象の無い宇宙における友愛に満ちた慎み深い
人類には、 ― 権力と法律が今ようやく評価された
踊りと歌声を反射している。
青春時代 Ⅱ ソネ/イリュミナスィオン/ランボーより)

セッションフィナーレ(中央左:らん太、中央右:キクジロウ)

7.31.2011

Say NO!














BBB 1994年2月原宿 撮影:Kunio

 震災後も地震、大雨などが続いている。ぼくも解決しない問題が続いている。長く続くと、どうしても心が沈みがちになる。
 ビッグコミックオリジナルには「弁護士のくず」という漫画がある。この主人公のくず先生は、実は立派な?弁護士なのだが、逆に、現実の弁護士は、もちろん全ての弁護士とはもちろん言いませんが、法に守られた特権階級で金と身の保全しか考えていない、くずではない先生方が多くいらっしゃるのではないかと、つくづく思う今日この頃であります。間違ったら笑って誤魔化す。突かれたら咳払いで逃げる。書類のホチキスを外して、バラバラにして時間を稼ぐ。依頼者が苦労して作った資料と書面を、相手でもしゃあしゃあと利用し、自分は調べようともしない。全て、後出し。いつもいつも、裁判官に提出すると言った書類を期日から何か月過ぎても提出しない。「実は、既にあるのですが……」「だったら出しやがれ!」相手の弁護士に取りいって、うまく事を運ぼうとする。あはははは。こんな程度にしては、お料金がとてもお高いですねえ。

 ランボーの引用ばかりではつまらないので、かつての原宿ホコ天バンドBBB(ビッグバッドビル)のワーズを載せましょう。姫川君(ヴォーカル)はどうしているのかな。ヒデ(リード)とエアニキ(ドラム)は? ベースは途中で変わったので名前を忘れてしまった。ゴメンネ。


Say NO!

もう堪(こら)え切れねえぜ
あいつ等のやり方
揃いのユニフォームで
雁字搦(がんじがら)めの毎日を
奴等の決める常識
奴等のためだけのルール
そそその糞まみれの手で
胸ぐら掴め

見失わずにいるために
俺が俺であるために

法律の服を着て
権利の靴で踏み荒らす
何事も目障りさ
俺は媚びたりしねえ
痛み知らねえ奴が
他人(ひと)の痛みを裁く
悲しみ知らねえ奴が
他人の悲しみ笑う

生まれた意味を知るために
人が人であるために

NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO!
Say NO! Say NO! Say NO! Say NO!

NO! Say NO!

あいつ等の言うことに
決して頷きはしねえ
端から疑う目を
睨みつけるだけ
獣以下の奴等には
YESとは言えねえ
あいつ等にだけは
YESとは言えねえ

見失わずにいるために
俺が俺であるために
生まれた意味を知るために
人が人であるために

NO! Say No! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO!
Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO! Say NO!
Say NO!